本センターに所属するスタッフが発表した,海棲哺乳類に関する学術論文の内容を一部紹介します.
本センターの准教授である船坂徳子が大学院博士前期課程の学生として指導した,
橋田佳央梨らによる共著論文が,学会誌日本水産学会誌に掲載されました!
鯨類追込網漁業により得られた発見記録からみた秋季および冬季の熊野灘南部海域における鯨類の来遊状況
(Cetacean fauna and occurrence pattern in the southern Kumano-nada, Pacific coast of western Japan during fall and winter from sighting record obtained by dolphin drive fishery.)
三重県大王崎から和歌山県潮岬にかけて面する海域は,熊野灘と呼ばれています.熊野灘は近くを黒潮が流れる豊かな漁場であり,ホエールウォッチングやいるか漁などの,鯨類を対象とした産業も盛んに行われています.しかし,熊野灘にどのような鯨類が来遊してくるのかをまとめた研究はこれまでにありませんでした.そこで本研究では,和歌山県太地町で秋から冬に行われている鯨類追込網漁業に携わる漁師さんたちが漁の操業中に記録されていた30年以上の発見記録を借用し,熊野灘南部海域の鯨類の来遊状況を調べ,①鯨類相,②来遊時季,③来遊と黒潮の関係性,④混群形成(別種の鯨類が一緒に群れをつくること)の4つの項目を解析しました.
データを集計すると,31年間で22種の鯨類の発見が記録されていました.これは日本近海に生息するとされる約40種の鯨類のうちの半数以上に及びます.その中には絶滅危惧種に指定されているマッコウクジラ,セミクジラ,ナガスクジラ,コククジラ(西部太平洋個体群)などの鯨類も確認されたことから,熊野灘は多くの鯨類にとって重要な生息海域であると考えられます.また,発見が多かった13種について,秋冬における主要な来遊時季を推定しました.そのうち9種(シャチ,コビレゴンドウ,オキゴンドウ,カズハゴンドウ,ユメゴンドウ,サラワクイルカ,マダライルカ,スジイルカ,カマイルカ)の発見には来遊に季節性がみられ,そのほかの4種(マッコウクジラ,ハナゴンドウ,ハンドウイルカ,シワハイルカ)には季節性はみられず秋冬を通じて一定の発見がありました.コビレゴンドウとマダライルカの2種は,黒潮の蛇行によって発見率が減少する傾向がみられ,この2種の来遊は特に黒潮との関係が強いことが示唆されました.混群形成に関しては,オキゴンドウとサラワクイルカは全発見のうち半数以上が他の鯨類と混群で発見され,他海域における先行研究と同様に,大きな群れを作ることによって,シャチや大型のサメ類などの捕食者から身を守る働きがある可能性が考えられます.
継続的に蓄積された発見記録はとても貴重なデータで,野生鯨類の分布や回遊経路,生態などを知るための重要な手がかりとなります.今後さらに情報を蓄積することで,海洋環境の長期的な変化による来遊状況の変化なども解明できると考えられます.
写真:熊野灘への来遊が確認された鯨類;マッコウクジラ(左上),ハンドウイルカ(右上),カズハゴンドウ(左下),スジイルカ(右下)(撮影:有薗幸子)
論文:橋田佳央梨,船坂徳子,前田ひかり,貝良文,吉岡基.2023.鯨類追込網漁業により得られた発見記録からみた秋季および冬季の熊野灘南部海域における鯨類の来遊状況.日本水産学会誌,89(2):102-114. https://doi.org/10.2331/suisan.22-00016
本研究科の古山歩研究員と本センターの教授である吉岡基,技術補佐員である神田育子による共著論文が,
学術誌 漂着物学会誌に掲載されました!
三重県志摩市に漂着したコマッコウ Kogia breviceps の調査所見および胃内容物の記録
(Stranding record and stomach contents of a pygmy sperm whale Kogia breviceps in Sima, Mie, central Japan)
2018年7月,三重県志摩市の海岸にコマッコウ科の鯨類が死体で漂着しました.鯨類が死んでしまうことはとても残念なことですが,その一方で,普段間近に観察することができない鯨類を詳しく調べることができる貴重な機会でもあります.コマッコウ科鯨類の漂着は三重県では珍しいため,調査を行いました.
コマッコウ科は,コマッコウKogia brevicepsとオガワコマッコウK. simaの2種で構成されるハクジラのグループの一つです.私たちは,まず,今回の漂着個体がどちらなのか,種の同定を行いました.コマッコウ科の2種は体長に対する背びれの大きさなどが異なり,外部形態から比較的簡単に種同定が可能であることが知られています.しかしながら,この漂着個体は腐敗が非常に進んでおり,背びれなどの種同定可能な部位が欠損・損傷していました.そこで骨格標本を作製し,頭骨の観察から種を同定することにしました.頭骨の形態において,上顎先端が細く尖ることや下顎結合部が長いことなどから,漂着個体はコマッコウであることがわかりました.この個体は体長200.8 cmのメス個体でした.コマッコウのメスの性成熟体長は約270 cmであるという知見から,このメスはまだ幼若な個体であると考えられました.
次に,採取した胃の中に入っていた未消化の餌を観察し,何を食べていたのかを調べました.胃内には,79個体のイカのくちばしが入っており,くちばしの形から 57個体がホタルイカモドキのものであることがわかりました.台湾での研究において,ホタルイカモドキはコマッコウの主要な餌生物であることが報告されています.もしかしたら,日本の周辺に生息するコマッコウもホタルイカモドキをよく摂餌しているのかもしれません.しかし,餌生物は摂餌の際の周辺環境や周りにいる生物によって変わるため,1個体の結果だけでは種全体の食性を反映しているとは言えません.コマッコウの食性をより詳しく理解するためにも,今後も漂着個体の調査を継続し,データを蓄積していく必要があります.
写真:志摩市の海岸に漂着したコマッコウ(上)と頭骨(左下)および下顎骨(右下)
論文:古山歩,神田育子,吉岡基.2021.三重県志摩市に漂着したコマッコウ Kogia breviceps の調査所見および胃内容物の記録.漂着物学会誌,19: 20-22. https://doi.org/10.57279/driftological.19.0_20
本センターの技術補佐員である神田育子,教授である吉岡基,助教である船坂徳子による共著論文が,
学術誌 三重大学大学院生物資源学研究科紀要 に掲載されました!
伊勢湾西岸における2011~2020年のスナメリのストランディングに関する記録
(Stranding records of the narrow-ridged finless porpoise in the west coast of Ise Bay during 2011-2020)
伊勢湾・三河湾には,約3700頭のスナメリが生息しているといわれており,海岸に死んでしまったスナメリが打ちあがることや,生きていても河川や港などに迷い込んでしまうことがあります.このように鯨類が漂着したり迷入したりする現象を「ストランディング」と呼びます.
この研究では,大学や研究機関,博物館,水族館,行政など15の団体が所属する「伊勢湾・三河湾ストランディングネットワーク」が収集したスナメリのストランディングの記録のうち,伊勢湾西岸(三重県沿岸)における最近10年間の傾向を調べました.
10年間でデータが収集されたスナメリのストランディング個体の数は合計486頭でしたが,情報収集体制が整ってきた2016年以降では,1年あたりの数は60頭前後で安定していました.月別にみるとストランディングは5~6月に集中しており,その大半は生まれたばかりの赤ちゃんと考えられる小さな個体でした.このことから,スナメリがこの時期に伊勢湾で盛んに出産し,子育てをしていることがわかりました.発見される場所は湾奥部の桑名市から湾口部の志摩市まで広がり,それはスナメリの分布域をほぼ反映する範囲でした.また,季節によって発見の多い場所にちがいがありましたが,それは季節風や潮流が影響しているからではないかと考えられました.
今後,関係機関がより連携しあうことで調査範囲を伊勢湾・三河湾全域に拡大し,ストランディングの発見頭数や発見場所などの傾向に大きな変化がないかを継続的にモニタリングしていくことが,スナメリの資源状態を把握するうえで重要であるといえます.
写真:河芸漁港(三重県津市)沖でドローンにより撮影されたスナメリ(2021年5月,八木原風撮影).
論文:神田育子,古山歩,若林郁夫,若井嘉人,船坂徳子,吉岡基.2021.伊勢湾西岸における2011~2020年のスナメリのストランディングに関する記録.三重大学大学院生物資源学研究科紀要,47: 13-23.
本センターの研究員である山本知里による論文が,学術誌 Journal of Ethology に掲載されました!
Flipper rubbing reciprocity and partner choice in common bottlenose dolphins
「ハンドウイルカが行うラビングにおける互恵性とパートナー選択」
ヒトなどいくつかの動物では,周りの個体を助けるなど,他個体に利益を与える行動(向社会行動)が見られます.しかし,一方的に他個体に利益を与えるだけでは,不当に利益を得る個体(フリーライダー)に搾取されるため,向社会行動は維持されないと考えられています.向社会行動を行った個体は,別の機会に向社会行動をしてもらう(互恵性)など,何らかの見返りを得ていると予想されます.しかし,この向社会行動について調べられている種は限られています.
ハンドウイルカは胸びれで他個体を触り,胸びれや体を動かすことで接触部位を擦る「ラビング」という親和行動を行います(写真).ラビングは擦る側の個体(ラバー)よりも,擦られる側の個体(ラビー)が利益を得るとされる向社会行動のひとつです.下関市立しものせき水族館「海響館」(山口県下関市)で飼育されているハンドウイルカを対象に行動観察を行い,個体同士がラビングを互恵的に行っているのかを調べました.
その結果,ハンドウイルカは,よくラビングをしてあげる相手から,よくラビングをしてもらっていることがわかりました.これは,本種が互恵的にラビングを行っていることを示唆します.各ペアの個体がラバーになる頻度は,短期間よりも長期間の方が同程度になっていました.また,頻繁にラビングを行うペアほど,互恵的にラビングを行っていました.
本研究から,ハンドウイルカは,よくラビングをする相手と長期的に互恵性を保つことで,向社会行動であるラビングを維持しているとことが示唆されました.しかし,フリーライダーへの対処など,本種が行う向社会行動についての謎はまだ多く残っています.今後さらに研究を進め,ハンドウイルカによる向社会行動の特徴を明らかにしたいと考えています.
写真撮影場所:下関市立しものせき水族館「海響館」
論文:Yamamoto, C. and Ishibashi, T., 2021. Flipper rubbing reciprocity and partner choice in common bottlenose dolphins. Journal of Ethology, 40: 49-59. https://doi.org/10.1007/s10164-021-00729-8
本センターの教授である吉岡基,准教授である淀太我,助教である船坂徳子が大学院博士後期課程の学生として指導した,
古山歩らによる共著論文が,学術誌 Rapid Communications in Mass Spectrometryに掲載されました!
Development of an analytical method to exclude the effect of decomposition on carbon and nitrogen stable isotope ratios using muscle samples collected from stranded narrow-ridged finless porpoise (Neophocaena asiaeorientalis)
「漂着スナメリの筋肉組織を用いた炭素・窒素安定同位体比分析における腐敗影響排除のための解析手法の開発」
鯨類の食性を調べるための研究手法の一つに炭素・窒素安定同位体比分析というものがあります.これは組織中に含まれる炭素や窒素の同位体の比率を基に,どのような生物をどれくらい食べているのか推定することができる手法です.
安定同対比分析は,世界各地でさまざまな鯨類を対象に行われています.しかし,鯨類の安定同位体比分析では,以前より懸念されている問題点がありました.それは,分析に用いる組織が腐っていることがある,ということです.安定同位体比を分析するための試料は混獲や漂着した死体などから採取されます.特に漂着した鯨類は,死後数日から数ヶ月経ってから発見されることもあり,研究のために調査・解剖できる頃には腐敗が過度に進んでいることもよくあります.筋肉などの腐敗が進むと安定同位体比が変化することは既に報告されてきましたが,具体的に腐敗の問題をどのように解決すればよいのかはわかっていませんでした.そこで私たちは,組織中の炭素・窒素含有率の変化を腐敗の指標とすることで,その影響を取り除いた安定同位体比解析を行う手法を開発しました.
三重県が面する伊勢湾にはスナメリという小型の鯨類が生息しており,死体の漂着が頻繁にみられます.私たちは,そうした死体から筋肉を採取し,組織中の炭素および窒素同位体比と,それらの元素の含有率を分析しました.比較的新鮮な死体が多い混獲個体と,腐敗の度合いが様々な漂着個体で,炭素と窒素の含有率を比較してみると,漂着個体の方が炭素・窒素含有率が全体的に低めであることがわかり,漂着個体の筋肉は腐敗によって炭素・窒素が少なくなっていることが確認できました.さらに,漂着個体において,炭素・窒素安定同位体比と含有率の関係を解析した結果,炭素・窒素の含有率が低下すると安定同位体比も共に変化することがわかりました.以上の結果から,腐敗の影響に左右されずに漂着個体の安定同位体比を解析するためには,元素含有率が低下していない試料を選んで解析に用いたり,元素含有率の低下も考慮した統計解析を行う必要があることがわかりました.
写真:混獲された比較的新鮮なスナメリ(上)と漂着して腐敗が進んだスナメリ(下)
論文:Furuyama, A., Yodo, T., Funasaka, N., Wakabayashi, I., Oike, T. and Yoshioka, M., 2020. Development of an analytical method to exclude the effect of decomposition on carbon and nitrogen stable isotope ratios using muscle samples collected from stranded narrow‐ridged finless porpoise (Neophocaena asiaeorientalis). Rapid Communications in Mass Spectrometry, 34(18): e8857. https://doi.org/10.1002/rcm.8857
本センターの教授である吉岡基と准教授である森阪匡通が大学院博士前期課程の学生として指導した,
千藤咲らによる共著論文が,学術誌 哺乳類科学に掲載されました!
飼育下のスナメリで観察された,長期的で頑強な個体間関係
(Stable affiliative social relationships among captive narrow-ridged finless porpoises)
生物の社会のしくみ(社会構造)は,その生物の集団を構成する個体を識別し,個体同士の行動から関係性を導き出すことで解明するという方法が使われてきました.これまでこの方法を用いて,ハンドウイルカには集まったり離れたりを繰り返す離合集散の社会が,シャチには母親の家系を中心とする母系の安定的な社会があることが分かっています.しかし,背びれがなく,体の色や模様に特徴のないスナメリでは,野生下において個体識別を行うことが難しく,社会構造を解明することは容易ではありません.
そこで,本研究では,鳥羽水族館(三重県)や南知多ビーチランド(愛知県)で飼育されているスナメリを対象に,どの個体が・どの個体に・どのくらい,「仲良し行動」や「攻撃行動」をするのかを観察し,その集団の関係性を調べました.さらに,その集団に個体が入ってきたり,出て行ったりするようなイベント(社会的かく乱)によって,その関係性がどのように変化するのかも調べました.
その結果,全8ペアの中に,長期的に仲が良かったペアが3ペアいました.さらに,これらのペアの中には,社会的かく乱があった際,ずっと仲良しのままのペアと,一時的に関係が悪くなるが,翌日以降には元の仲良しに戻ったペアがいました.これらのペアのうち2ペアは,年齢が異なり,血縁関係もない個体同士のペアで,そのうちの1ペアはさらに性別も異なっていました.この結果は,これまで言われてきた,「スナメリは単独もしくは母仔で生活する」という見解とは異なっていました.
本研究は飼育個体を対象としたものですが,今後データロガーやドローンといった技術を活用して,野生個体でも同様の研究ができれば,本研究で明らかになった関係性が野生個体でも見られるのかがわかります.そして,スナメリの社会構造が明らかになるに違いありません.
写真撮影場所:鳥羽水族館
論文:千藤咲,森阪匡通,若林邦夫,村上勝志,吉岡基.2021.飼育下のスナメリで観察された,長期的で頑強な個体間関係.哺乳類科学,61(2): 169-177. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.61.169
本センターの研究員である瀬川太雄(現在,日本大学生物資源科学部)と教授である吉岡基らによる共著論文が,
学術誌 Diseases of Aquatic Organisms に掲載されました!
Helicobacter delphinicola sp. nov., isolated from common bottlenose dolphins Tursiops truncatus with gastric diseases
「胃疾患を持つバンドウイルカから分離された新種 Helicobacter delphinicola sp.」
胃疾患,それは多くのイルカが抱える病気のひとつです.しかし現状では,その主な原因すら解明されておらず,原因不明のままでは適切な治療方法など分かるはずもありません.そこで,イルカの胃疾患原因を追求するための共同研究が本センターと名古屋港水族館とで始まりました.
ヒトの胃疾患の原因で有名なピロリ菌に代表されるHelicobacter属細菌(ヘリコバクター属細菌)には,様々な動物の消化器疾患に関与する種が存在します.これまでバンドウイルカをはじめとした多くの鯨類からピロリ菌と近縁なHelicobacter cetorum(以下HC)が見つかったという報告がありますが,HCとイルカの胃疾患との関連性については明らかにされていませんでした.
そこでこの研究では,HCがイルカの胃疾患の原因であるならば,重度胃疾患症状を示すイルカの胃からHCが高率に見つかるであろうという仮説を立て,調査を行いました.すると予想外にも,HCとは明らかに異なるヘリコバクター属細菌が高率に見つかりました.詳細な調査を行った結果,それは新種のヘリコバクター属細菌であることが判明し,この細菌をイルカのヘリコバクターという意味を込めて Helicobacter delphinicola(以下HD)と命名しました(写真;走査電子顕微鏡で撮影したHD).
高率に見つかった新種のHD,そして予想外に低率であったHCですが,これらのどちらがイルカの胃疾患原因になり得るのか調べるため,HCおよびHDが哺乳類培養細胞を傷害する物質を産生するかを調べました.その結果,両者ともに哺乳類細胞を障害する毒素を産生することが明らかになりました.つまり,これまで未解明であったイルカの胃疾患の原因に,HCおよびHDがなり得ることが分かりました.
確実な原因究明のためにはさらなる検証が必要ですが,今回の結果は胃疾患を持つイルカの適切な治療法や感染予防ための飼育方法等の確立に大きく寄与することが期待されます.
論文:Segawa, T., Ohno, Y., Tsuchida, S., Ushida, K. and Yoshioka, M., 2020. Helicobacter delphinicola sp. nov., isolated from common bottlenose dolphins Tursiops truncates with gastric diseases. Diseases of Aquatic Organisms, 141: 157-169. https://doi.org/10.3354/dao03511
本センターの准教授である森阪匡通らによる共著論文が, 学術誌 Aquatic Mammalsに掲載されました!
Redefinition and sexual difference of contact calls in belugas (Delphinapterus leucas)
「ベルーガのコンタクトコールの再定義と性差」
ベルーガは,光の届かない海洋環境で,群れの仲間の存在と位置を確かめるために,お互いに「声」の掛け合い(鳴き交わし)をしていると考えられています.このコミュニケーションのための音は,「コンタクトコール」と呼ばれており,鳥や他の哺乳類にも広く見られる音のタイプです.ベルーガのコンタクトコールについては,これまでにカナダやロシア,そして我々の研究グループが,調べてきました.しかし,ベルーガは海のカナリアと呼ばれるほど,多彩な音を出し,そのそれぞれの音の分類方法は曖昧になっていました.そこで本研究では,しまね海洋館アクアスで飼育されているベルーガ(写真)7頭のコンタクトコールの音声パターンや雌雄差を調べ,その結果と先行研究を総括し,Creaking Call(ギー音)と名付け,再定義しました.
このギー音は,ドアのきしむような音で,個体それぞれに特有の鳴音パターンがありました.赤ちゃんの頃にはみられないため,発音器官の発達または音声学習によって獲得すると考えられます.他個体との鳴き交わしに使われ,ある個体がギー音を発したら,1秒以内に誰かがそれに返事をするというルールがあり,もし1秒以内に返事をもらえなかったら,もう一度自分でギー音を出すことも多くありました.
さらに,メスや未成熟オスはその個体特有のギー音しか出しませんが,成熟オスのギー音にはいくつかの共有されるレパートリーがあることが明らかになりました.このような様々なタイプのギー音を何のために出しているのかはまだ分かりませんが,ベルーガのオスの社会に関係していると考えられます.オスは成熟すると,生まれ育ったグループを出てオス同士で「同盟」を作ります.このときにオスのギー音が多様になるのかもしれません.今後はそのような社会関係とギー音の使い方の関係を調べていきたいと考えています.
写真撮影場所:しまね海洋館アクアス
論文:Mishima, Y., Morisaka, T., Mishima, Y., Sunada, T. and Miyamoto, Y., 2018. Redefinition and sexual difference of contact calls in belugas (Delphinapterus leucas). Aquatic Mammals, 44: 538-554. https://doi.org/10.1578/AM.44.5.2018.538
本センターの助教である船坂徳子らによる共著論文が,学術誌 Journal of Veterinary Medical Scienceに掲載されました!
Long-term monitoring of circulating progesterone and its relationship to peripheral white blood cells in female false killer whales Pseudorca crassidens
「メスのオキゴンドウにおける血中プロゲステロン濃度と白血球数の長期モニタリング」
「妊娠期間は約280日,約3~4kgで生まれる.新生児はサル目の中では極めて未熟な状態で生まれる.目もよく見えず,座ることも難しい(サルの仲間の多くは生まれてすぐに母親にしがみつく能力がある).約2年で歩いたり言葉を使ったりできるようになり,10~15歳で性的に成熟する.体の成長はこの頃に完成する.月経周期(性周期)は約28日であり,女性では50歳くらいに繁殖を停止する.平均寿命は80~85歳程度である.」
これは,ある生物の『生活史』を述べたものです.そう,ヒトです.イルカやクジラの仲間は世界中に約90種が生息していますが,この生活史が明らかになっている種は多くありません.今回の研究では,世界中の暖かい海に広く生息しているオキゴンドウを対象に,繁殖様式の一部を調べました.オキゴンドウは日本の水族館でも飼育されていて,大きな身体でのダイナミックな動きから,イルカショーでも人気があります.しかし,繁殖に関してはあまり多くのことがわかっていませんでした.
本研究では,特にメスの繁殖生理を明らかにすることに着目し,約10年という長い期間に渡り水族館で採取された3頭の血液試料を使って,女性ホルモンの1種であり卵巣活動の指標となるプロゲステロン濃度を測定しました.その結果,メスの性周期は約40日,性成熟年齢は9~14才までのいずれかの年齢,妊娠期間は約400日であることがわかりました.また,性周期中や妊娠中には,健康診断での血液検査項目の1つである白血球数が変動していることもわかりました.
ヒトとオキゴンドウでは性周期や妊娠期間が異なっているように,イルカの仲間でも種によって,これらの長さが異なります.それがなぜなのかは,まだ明らかになっていませんが,様々な種の周期を調べて繁殖様式を比較していくことで,この点が明らかになってくるかもしれません.
写真撮影場所:国営沖縄記念公園(海洋博公園)
論文:Funasaka, N., Yoshioka, M., Ueda, K., Koga, H., Yanagisawa, M., Koga, S. and Tokutake, K., 2018. Long-term monitoring of circulating progesterone and its relationship to peripheral white blood cells in female false killer whales Pseudorca crassidens. Journal of Veterinary Medical Science, 80(9): 1431-1437. https://doi.org/10.1292/jvms.18-0075
本センターの准教授である森阪匡通らによる共著論文が, 学術誌 Mammal Review に掲載されました!
Foraging and feeding ecology of Platanista: an integrative review
「ガンジスカワイルカの摂餌生態に関する統合的レビュー」
視覚の使いにくい場所に棲息する動物は,それを補てんするために多用な感覚を用いる,あるいは進化させます.ヒマラヤ山脈からのたくさんの細かな土砂を携え流れてくるガンジス川は濁っており,視覚を使うことができないため,そこに棲息するガンジスカワイルカの視覚は退化しています.それでは,ガンジスカワイルカはどんな感覚器官を用いて,どのように餌を見つけているのでしょうか?
様々な文献調査と予備的な観察,音の研究から,彼らはエサおよび自身の位置(水面,中層,水底)によって, 感覚器官を変えてエサを探して捕らえていると私たちは結論づけました.水面近くでは,遊泳性の魚たちが出す音を聞いており,中層では,だいたい20m先のエサを音(エコーロケーション※)によって探し,水底では長い口の横にある電気受容器と思われるものを用いて,餌生物の出す微弱な電気信号をとらえていると考えています.ガンジスカワイルカは,体を横にして泳ぎ続けるサイドスイムという独特な泳ぎ方をすることがわかっています.また,餌のまわりをくるっと回りながら採餌するなど,その採餌方法も独特です.様々な感覚器官を用い,さらに独自の遊泳や採餌方法を生み出すことで,視覚の使えない環境に適応してきたのではないかと考えられます.
※エコーロケーション:とても短い音を出して,その音が前方の物体に当たりはねかえってきた音(エコー)を聞くことで,その物体までの距離や材質といった情報を得る能力のこと.音でまわりを探索する能力といえる.陸上の哺乳類ではコウモリもこの能力をもつ.
論文:Kelkar, N., Dey, S., Deshpande, K., Choudhary, SK., Dey, S., Morisaka, T., 2018. Foraging and feeding ecology of Plantanista: an integrative review. Mammal Review 48: 194-208. https://doi.org/10.1111/mam.12124
本センターの助教である船坂徳子らによる共著論文が,学術誌 Journal of Reproduction and Developmentに掲載されました!
Seasonal changes in circulating gonadal steroid levels and physiological evidence for the presence of intrinsic circannual reproductive cycles in captive finless porpoises Neophocaena asiaeorientalis from the western Inland Sea, Japan
「瀬戸内海西方海域における飼育下スナメリの血中性ステロイド濃度の季節変化と内因性の概年リズムの確認」
繁殖はすべての動物に共通に起こる現象です.動物たちは,それぞれに長い年月をかけて環境に適応し,種特有の繁殖生態を進化させてきました,それは,イルカの仲間においても同様です.私たちは生理学的なアプローチから,イルカたちが持つ繁殖生態の特徴を調べてきました.
今回の研究では,日本を含む東アジア沿岸に生息するスナメリについて,2つの別の施設で飼育されている個体の血液中の性ステロイド(男性ホルモンの1種であるテストステロンと女性ホルモンの1種であるプロゲステロン)の濃度を測定しました.その結果,日長の季節変化がある施設で飼育されている雌雄2頭のスナメリの血中性ステロイド濃度は毎年同じ時期に上昇し,繁殖活動が春から秋に行われていることがわかりました.しかし,日長の季節変化がない施設で飼育されている雄1頭では,血中テストステロン濃度は毎年同じ時期に上昇せず,正確に9ヶ月周期でフリーラン※していました.その後,この施設の日長(照明点灯時間)に人工的な季節変化をつけたところ,この個体の血中テストステロン濃度は毎年同じ時期(春)に上昇するようになりました.
本研究は,イルカの仲間がフリーラン周期を持つことを示した世界ではじめての論文です.人間では,環境変化がない状況に置かれると約25時間のフリーラン周期で活動するようになることは有名ですが,イルカにおいても同じようなフリーラン周期があり,外部環境の変化に体内の生理状態を合わせるためには日長の季節変化が重要であることがわかりました.これは,野生下で生き抜くための繁殖戦略の1つであると考えられ,水族館での繁殖推進にも役立つ情報になると考えられます.
※フリーラン:環境変化などの影響から逃れて,その生物に固有の周期でリズムが現れている状態.自由継続とも言われる.
写真撮影場所:下関市立しものせき水族館「海響館」
論文:Funasaka, N., Yoshioka, M., Ishibashi, T., Tatsukawa, T., Shindo, H., Takada, K., Nakamura, M., Iwata, T., Fujimaru, K. and Tanaka, T., 2018. Seasonal changes in circulating gonadal steroid levels and physiological evidence for the presence of intrinsic circannual reproductive cycles in captive finless porpoises Neophocaena asiaeorientalis from the western Inland Sea, Japan. Journal of Reproduction and Development, 64(2): 145-152. https://doi.org/10.1262/jrd.2017-087